正直、めちゃくちゃ大変だった超高齢出産

2016-07-31_180835

息子を出産してからもう六年も経つのが信じられないくらい、出産のあれこれはまさに昨日の事のように覚えています。二年に及ぶ不妊治療で金銭的にも精神的にもギリギリでこれが最後と決めて臨んだ顕微受精でやっと授かったのですが、妊娠してからは無事継続出来るのか不安で不安で仕方がありませんでした。実際に安心出来たのは後期になり胎動が激しくてお腹を蹴りまくられるようになった頃でした。

実は43歳の超高齢出産だったので、出産に関して一番気にしていていたのは自然分娩が時間がかかった場合に自分の体力と赤ちゃんの体力が大丈夫か?という事でした。新生児集中治療室がある総合病院を選んだのもそんな心配があったからでした。病院の方針は基本は自然分娩で緊急時には帝王切開に切り替える、だったので自然分娩で頑張るしかありませをでしたが、心配が的中してしまいました。

破水からスタートした私の出産ストーリーは丸2日かかる超難産で、陣痛促進剤を最大限まで使ったので痛みは想像をはるかに超えていました。その痛みの長さに血圧が上がり体力はなくなりせっかく子宮口が開いたのに朦朧状態で、同時に赤ちゃんの心拍が下がり始めていたので皆が大慌てになったその時に、立ち会ってずっと手を握っていた夫の泣く様な、頑張って!の声で我に返りいきんだ時にやっと産まれてきてくれました。眼鏡がないし、朦朧状態で赤ちゃんの顔はハッキリ見えなかったのですが、安堵感も手伝い意識を失ってしまいました。夫によるとその時間は2分程度だったそうですが、気がついた時には赤ちゃんは新生児集中治療室に運ばれていました。なんとへその緒が首に巻きついていて一時的に酸素不足になったので酸素吸入の為の措置でした。丸2日は貧血と筋肉痛で車椅子生活でしたが、六日たち無事母子共に退院する事が出来ました。

出産を振り返ると思うのは自分の体力不足でスムーズに出産が進まず息子にしんどい思いをさせてしまった、という事です。今から出産に臨む方には頑張って体力作りに励んでヨガなどで身体を柔らかくする事をお勧めします。


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